吸血鬼とわたし

【ついったの診断 「吸血鬼なったー」 より】
えんまは『血に飢えてて黒髪黒目で俺様なLv.100の吸血鬼』です。
ツブラは『人間の血を吸いたがらない茶髪赤目で俺様なLv.40の吸血鬼』です。


※いつもと設定違います
 (飼い主とリヴリーが一緒に存在・飼い主の前でも擬人化してるetc)
※ソフトなグロテスク描写を含みます





























リヴリーの一種であるオーガは、今でこそポピュラーだとされているが、中世の頃は驚くほど人気のない種類だった。

なにせ人喰い鬼のモデルともなった種類である。彼らに不吉のイメージがついたのは、その威圧的な容姿のせいだけではなく、かつて恐れられたある「体質」が発現しやすい体質も関係していたらしいのだが……





GLLの一角、城壁の一部にはコの字型にくぼんだ場所があった。城壁の建設当時、そこに咲いていた花を潰してしまわないようにとジュリエット夫人の意向が通った結果だともされているが、そんな美談はともかくとして、人目を忍ぶように存在するそこは今や、如何わしい生を生きるもの達の温床であった。小さな噴水がちょろちょろと水を垂れ流す中、今日もそこで事件は起こり、そして終わる。

ツブラが追い付いたとき、迷子だった彼女のリヴリーは狩りの真っ最中だった。狩りといっても虫採りではない、こんな場所で虫採りなんか行われる訳がない。オーガの力強い腕で壁に押さえつけられているのは、ピンク色をしたハナマキである。丸い背中を袈裟に横断する裂傷は紛れもないローズウッドの仕業で、その一点においてはオーガを責めるのはお門違いといえよう。だが、息も絶え絶えなときにこのオーガに出会ってしまったのだから、ハナマキも、まあ、運が悪い。

オーガの小山のような背中がずれ、ハナマキの爪先が力無くもがくのを
確認するなり、ツブラは叫んだ。

「…えんま!」

「おっと」

えんまと呼ばれたオーガは"驚いて"掌に力を込めた。鈍い音と共にハナマキの首が奇妙に折れ曲がる。
間に合わなかった。
2mを越えるオーガ対メスのハナマキではどのみち勝負は見えていただろうが、せめてツブラの静止さえ間に合えば、助かったかもしれないのに。
のんびり振り向くえんまを、ツブラは視線で咎めた。

「だって、ここに倒れてたんだ。もとから動かなかったんだよ」

肩を竦める彼の目は、興奮のあまり全部が黒く染まり、血色の悪い肌だけが、月の光を反射してぼんやりと浮き上がっている。荒い呼吸が空気中の靄を舞わせて、まるで獣のような――事実そうなのだが、人工生物たるリヴリーらしからぬ異質さを醸し出している。ツブラが何も言わない(舌打ちはした)のを肯定と取ったか、えんまは黒い体で獲物の上に覆い被さり、さっそく食事の時間である。


血を吸いやすい部位はだいたいどのリヴリーでも首と相場が決まっているが、耳元から吸うのがえんまのお気に入りだった。頭を横に向けさせながら軽く咥えて肉の柔らかさを確かめる。こめかみから額にかかるあたりの骨に薄氷のような弱い部分を探すと、一思いに牙を沈めた。

頭蓋骨を割る歯ごたえが堪らないのだそうだが、それはツブラには理解できない。

と、いうのも彼女にはそんな馬鹿みたいな顎の力が無いからだ。




ヴァンパイア――科学の時代においても、その体質は中世と変わらぬ名で呼ばれていた――のえんまがツブラの元に来たのは、一体どういうめぐり合わせだったのだろう。食物アレルギーが多いツブラは、とかく栄養が偏りがちで高校も休学しており、それで悩んでいた矢先にえんまに勧められたのが「血を飲むこと」であった。

「ぼくの血だったら、もんだいないだろ?」

彼の血を一口飲んでみてからはめきめき体調が良くなったのだが
おかげで定期的に血を摂取しなければならなくなってしまった。
たまに友人に尋ねられるのだが、リヴリーアイランドにログインするとき、決まって茶色のボブカットを邪魔にならないように結い、汚れてもいいオーバーオールを着込んでいるのは、"そういう目的"のためである。

「かんたんなことだよ。
 飼い主さんのところではむつかしいかもしれないけど
 リヴリーアイランドには獲物はたくさんいるんだから」

それは確かにそうなのだが、犯罪に抵触しなくたって、元々ニンゲンのツブラには良心というものがある。血への渇望がえんまほど無いにしても、彼らの世界にずるずる引きずり込まれたような気もしないでもない。

「ほかの人の血を吸いたいきもちになるまでは
 ぼくのを吸ってるといいよ。だいじょうぶ、ゆっくりやればいいんだから」

逆をいえば、人の血を吸いたくなるときがいつか来るということだった。
ニンゲン社会でそれはまずいのだといくら言っても、えんまにはまったく理解できないらしい。つまるところパンが無ければお菓子を食べればいいのと同じ理屈で、牛乳が飲めなければ血を飲めばいいというのである。
なるほど。
ツブラには、マリー・アントワネットに憤るフランス市民の気持ちがよくわかった。







ヨールの幹に背中を預け、彼女はヴァンパイアの食事を見つめていた。
自分のリヴリーが獲物を狩り、食べる光景はあまりほのぼのしてはいない。ヴァンパイアの摂理に慣れない彼女は、いまだにえんまの血しか飲んだことが無かった。

「……動いてなくても、この子は生きてた」

しばらくして彼女は不服げに呟いたが、えんまは平然として

「そのうち死んださ」

と、言った。口元をぬぐって「ごめんなさい」と言い添えたのは、もっと後のことだ。態度だけは反省しているように見える。


ツブラの隣に戻る前、えんまは獲物の右足を(まるで綿でもちぎるような軽い手つきで)むしりとって持っていく。主に新聞を届ける犬よろしく、献身的行動のつもりなのだろう。

「たべたら?」

「……いらない」

がしかし、差し出されたツブラが難色を示すのは無理もない。
まだ暖かい肉の中にたっぷり残っているのは、飲み残した血である。
引きちぎられた後の痛々しい断面からは、ヴァンパイアには堪らない濃厚な香りが立ち上っていた。

「おいしいよ」

ああ、知っている。
これでもかといわんばかりの誘うような芳香に、ツブラは赤い目をぎゅっと瞑ると

「……早くそれあっちにやって。
 あーあ。匂い嗅いだら、お腹減ったじゃん。早くお前の血を飲ませて」

「新鮮な血がすきなのは、いちにんまえのバンパイアなんだよ」

「好きじゃないってば!」

えんまはくすくす笑うと、同族の飼い主に目線を合わせ

「はい、どうぞ」

噛み傷だらけの手首を差し出した。