チョコガネムシ・マシュマロコガネ

アルゴルの従兄弟のヴォエゲル姉弟の名は、一部の蜘蛛の中ではよく知られていた。

内科医でジャワのDと、博打好きなコンパイルのマーク。
どちらもできた人格ははまるで持ち合わせていない人物だったが、そんな彼らが悪名以外で名を上げている理由といえば他でもない、彼らの従兄弟がアルゴルのバスチアンだったからである。
実力面でも人格面でも、バスチアンが理想的なアルゴルであることは疑う余地もない。が、彼は慕われてこそいても、けしてフレンドリーなボスであるとはいえなかった。
優れた判断力の一方で独裁的であり、彼にとって無価値だったり反逆的である者は酷い末路をたどることも少なくはなかった…だから、バスチアンに陳情を行うことは簡単にできることではなく、多くの蜘蛛は命を賭すような気持ちで出向いていたのも事実だ。

その点、ヴォエゲル姉弟はとても気さくだったし、バスチアンが唯一信頼している相手でもあった。バスチアンが激昂したとしてもマークはうまく彼を宥めてくれたし、Dの助言は彼にとって、いつも熟慮すべき価値を持っていた。
ボスの機嫌がなんとなく不穏なときは
言いたいことを言うだけ言って、さっさと2人の後ろに隠れてしまうのが得策だ。


「…マークさん、やっぱり変ですよ!」

バスチアンの巣から出てきたジョロウグモのサイモンもまた賢明な一匹だったらしい。
要領よく話をつけ、すばやく後ずさりながらアルゴルの巣を出た後
声を落として囁いた。
テリトリーの境に住む彼の周りには昔からいざこざが絶えなかったから
彼はここの常連で、陳情するのも慣れっこだったが
そのサイモンの目から見ても、今日のバスチアンはおかしかったようだ。

「…んなこと言われたって…なぁ…」

長身を猫背に曲げた、顎の座らない男――マークは
返事のかわりにぼりぼりと頭を掻きながら、なんとも心もとない様子で隣を見る。

「…だって…ねェ…」

8つの乱視に合わせた8つのレンズを光らせてDがそれに答え、はぁと深いため息を吐いた。
医者らしくないエナメルの白衣に身を包み、その下のナイスバディを誇示するような破廉恥な身なりも
今は効力を発揮するでもなく物思いに沈んでいる。

「オレらに聞かれたってわかんねぇんだぁな。
あんなにウザがってた野郎だってのに、一体全体どうしちまったもんかねぇ?」

ヴォエゲル姉弟が顔を見合わせたのも、無理は無かった。
3匹が恨めしげに見やる先には――
―蜘蛛の巣格子の台座の上に、太ったアルゴル、バスチアンの姿が
ででんとでっぷり、いつも通りに陣取っていたけれども
問題は書類にサインする右中腕ではなく、判子をもてあそぶ左下腕でもなく
すぐ隣にかしづいている年若い青年であった。
ふっくらとした頬に、艶の良い長髪。
美しい、というよりも愛くるしいという形容の似合う彼は
しかしどう見ても見間違いようもなく

「…他所のアルゴルを、はべらすなんてねェ…ン」

「しかもオスの。」

それもよりによってニコラスを。

ニコラスといえば、
バスチアンのどこにどう魅力を感じたものか
「好きです結婚して下さい!」ときゅんきゅん求愛に来る命知らずとして有名だ。
バスチアンはといえば、告白を右から左に聞き流し
そのくせ貢物にはもりもり手を出して(彼は毒に強いのだ)、
気が済めば「失せろ」だの「目障り」だのと冷たく追い返すのだが、
それでもニコラスは懲りずに花束やら高級食材やらを手に、意気揚々とやってくる。
周りの蜘蛛からは、
近くに寄れば殴る蹴るでひっぺがされるのがオチだというのに
よくああも一途に愛を貫けるものだと感心されたり、同情されたり
そもそも自身だってアルゴルの癖にテリトリーはどうなっているんだと密かに心配されたりしながら、生温かく見守られていたりもしていた。
これが、昨日までの彼らの姿だった。
だというのに。
今朝からずっと、バスチアンはニコラスの細い腰を我が物顔で抱き寄せて離さない。ニコラスもニコラスで嫌がる素振りも見せずに、思う存分バスチアンのおかっぱ頭を梳いては侍っている。少し手持無沙汰になると、ふたりは目を合わせてはひとことふたことの短い会話を交わしたり、時には…ああ。

「……アレ、なんとかして下さいよ。」

サイモンは耐えきれず、懇願するような目で上司の2匹を見やったが
いくら忌憚のない意見が言える立場の姉弟でも
これはちょっと、あまりにあまり過ぎて、何と言ったものか…

「い…色恋沙汰ならエキスパートだろがよぉ、姉貴。
ホラ、年長者として何とか言ってこいよォ」

「わ、私に注意されるなんて、あの子も心外なはずよォん?
雄同士なのはどうでも良いけどォ、相手がアルゴルなんだものォん。
これは政治的問題だわァん  マーくんこそなんとかして頂戴」

「…俺っちに言わして貰えば、
ここはその道の専門家であらせられるD先生が収集つけるべきだと思いますがねぇ…?」

サイモンにしては珍しい遠回しな嫌味に、「まぁ!」Dは心外だとばかりに眉を吊り上げた。
彼女にとっては屈辱的なことに、この嫌疑は朝から何べんもDに投げかけられている。

「私が”香水”を売ったんじゃないかと疑っているのなら、答えはノー。
 面倒なことになるのが解ってるのに
自分で自分の仕事を増やすわけがないでしょぉ?
第一、 性フェロモンが効果を発揮するのは、特定の二者間のみではありえない訳だし…
ニコラスちゃんがその発生源だったとすれば、バスチアンだけではなく
下位モンスターのアナタにだって多少は効果が及ぶはずだわァん」

要するに、性フェロモンの研究に関しては第一人者であるDの前で小細工を披露しようなど、いい度胸だというわけだ。思わぬ剣幕のDにサイモンはすぐ口をつぐんだが、
彼の質問は図らずも、Dが思考を口にするきっかけともなったようで。

「とすると、アレは別の何か…
…そうね例えば、Dr.ミュラー研究所で人工虫の実験が進んでいるとか聞いたかしらぁン?
けれど、あれはニンゲンとリヴリー間の関係のみについて効果を発揮するべく
リミッターが付けられていた筈だし、それを取り外すなんてこと…」


「オマエらさーぁ、言いたいことあるなら直接言えばぁー?」

寄せ合っていた額が4つになっていたのに、何故気付かなかったのだろう。
Dとマークとサイモンは、幽霊を見たような絶叫を上げ
バスチアンは若干気分を害した風に眉を顰める。
その右腕には相も変わらず、ニコラスがきょとんと首を傾げてぶら下がっていた。

「ナイショの話ですか?僕らも仲間にいれてください!」

彼はわくわくしているようだったが、
まさか君らが異様でしたなんて言えるわけもなく、3匹の顔に一斉に愛想笑いが浮かぶ。

「アハハハハ」

「い、いやー、なんつぅかー」

位の高さが祟ったか。ずずいと前に押し出されたのはDだった。

「あの状況で仕事に集中できるバスチアンちゃんが
スゴいなーって話してたのよぉー!オホホホホ…」

その状況?と言わんばかりにクエスチョンマークを浮かべるバスチアンよりも
ニコラスのほうが理解が早かった。
「ああ、」と事もなげに答えた彼に、自覚あったのかよ!!と無言の突っ込みが入ったのは言うまでもない。

「僕、お邪魔なんてしてませんよー。ね、バスチアン君?」

「ん?あー。手近にコイツが居ると落ち着くからさぁ。所謂、カンフル剤的な。」

バスチアンがぽんぽん、と頭を撫でてやると
ニコラスは猫のように目を細め、恋人の肩にしなだれかかる。

「だぁいすきですよーバスチアンくんー」

「そんなんとっくに知ってるっつーの 可愛い奴だな」

人目もはばからずイチャイチャしだしたカップルを
色つきの3匹は口をあんぐり開けて眺めていた。
堪らなくなったか、タンゴのポーズでキスを求めるバスチアンに
ニコラスは、ぽっと顔を赤らめ

「やだ…恥ずかしいですぅ…お姉さんたちが見てますよ?」

顔を反らしつつ、その言葉には誘うような響きも含まれていたのだが
バスチアンは、脇で白くなっている3匹の姿に何か考え直したらしく
抱きあげていたニコラスからそっけなく手を離した。

「何?そんなに気になっちゃう系?
 まぁ、ニコラスほどの上玉はなかなかいねーから
見とれちゃうのもしょうがないかもなぁ。

…まぁいいや。作業妨害だってよニコラス。
先に寝床行って待っててちょーだいな。」

「寝床!!!」

叫んだのはニコラスばかりではなかった。
確かにアルゴルとして、子孫を残すのは重要な仕事ではあるが
バスチアンはオスであり、ニコラスもオスであり、

いや、そんな、まさか、ああ、ああ、ああ!!
幻滅だといわんばかりに崩れ落ちるサイモンの隣、
ニコラスは少々不満げだった表情をたちまちあどけない笑顔に変え

「わっかりましたぁ!
 ベッドふかふか、シャワーも浴びて準備万端で待ってますからねぇえ!!」

マークが制しようと伸ばした腕も振り切って、軽やかに走り去っていく。

「…絶世の美人ってのは、アイツみてぇな奴のことかねー。」

恋人の消えていった空間の名残をまじまじと見送ると
バスチアンは正気とは思えない一言でその場の空気に止めを刺して、
ふんふんと鼻歌を歌いながらさっさと仕事の続きをしに戻っていってしまった。













「…重症、だわねぇ…」














レナが驚いたのも、無理は無かった。

「バスチアンくんの初めてになれなかったのは残念だけど、
でもでもっ!これってとっても大きな一歩ですよねっ!」

そうでしょ?とニコラスが同意を求める相手はベルガのレナ。
メスの彼女がなんとなく居心地悪そうにしているのは相手がニコラスだからというだけではなく、彼と一緒に夜のベッドを共有し、同じ相手を待っているという奇妙なシチュエーションも関係していた。

ジョロウグモはよく、人目につかず危険の少ない場所に入り、交尾をし、子孫を残す。
生殖という生まれ方をしないリヴリーたちはそれを卑しい行為だとして恥ずかしがるが、優秀な遺伝子を残すのはモンスターとしての名誉であり使命である。Dのように見境ないのもどうかと思うが、それなりにレベルのあるモンスターならおおいに行うべき営みであり、こと、アルゴルに関しては名有りしか相手にしないという者も多い。

(だからってアルゴルを相手にっていうのはちょっとどうかと思うのだけど…
…しかもオスだし。)

晴れ着に着飾ったベルガはただひたすらに自分の考えの正常さを祈りながら、乙女座りをして手を握ってくる年若いアルゴルに戸惑うばかりだった。

モンスターの社会では、オスを選ぶ権限はメスにある。オスがアルゴルだったとしても例外ではなく、レナなんかに誘われれば応じ、断られればそれまでだ。レベルよりもオスメスの格差のほうが大きく、バスチアンとて、名無しの相手をしなくていいという程度の差でしかない。
レナもまた、若干 値踏みするような目でもってニコラスを見ていた。

ニコラスは、見た目だけならかなりカワイイ。
正直バスチアンよりこっちを先にいただきたいくらいだが、

「レナさんは美人だけど、僕だって負けませんよう!
バスチアンくんに■■■したり××××たり、@☆で◯◯な△×ができるように
精いっぱいがんばりますんで、どーぞよろしくお願いしますっ」

健全そのもののキュートな笑顔でとんでもないことを口走るニコラスを見ていると
その考えはとてつもなく大きな間違いだと思いとどまる。
いや、私も××××なんてしたことないですケド…なんて困惑を押し殺したまま
「はぁ…」なんて曖昧な返事を返していると
島の隅で空間が大きく歪み、どしんと音を立ててバスチアンが着地する音が聞こえる。

「お待っとさぁ〜ん」

きのこのウッドハウスのドアをギィと軋ませ、モンスタータイムスなんか片手に、バスローブ姿でスパスパ葉巻を吸いつつ入ってきた彼の堂々たる姿は
やはりメスのレナの目を楽しませるものだったが、ニコラスの喜びようときたらそれ以上のものだった。

「えへへっ 僕、とっても寂しかったです!」

ぴょんこと飛びつき首に腕を回すと、何十年分の寂しさを取り返すようにひしと抱き合った。彼がユンクかピキなら、尻尾をぶんぶん振りまわしていたというところだろうか。
いつもなら首根っこ掴んで放り出しているだろうところ、さも普通に受け入れるバスチアンを見て、ああDの言っていたのは本当だったのかと、レナは半ば感心していた。

「レナちゃんなら信頼できるから話すけれど…今のバスチアンには施す手がないのン」

彼の異変の原因がチョコガネムシだとするならば、効果は短く…確か24時間。
リヴリーのエサなら原理は魔法だろうから、解毒というわけにはいかない。

(朝食に混ざっていたとすれば、あと9時間はかかるわね…)

Dは、チョコガネムシを打ち消せそうなものを投与してみると言ってはいたが、正直気休めに過ぎないのだという。

「アナタの誘いなら、きっとバスチアンは応じるわン
チョコガネムシの効果が切れるまで彼をニコラスちゃんとふたりきりにさせないで。」

いつになく真剣な女医の態度についつい請け負ってしまったが、これほどバスチアンが崩壊しているとは予想外である。
普段の彼なら、ニコラスに懐かれてにまにましているなんてことは有り得ない。

「だから、お前が心細くならないようにレナを一緒につけてただろ?」

そう、たとえばこんなことも言わない。
まぁ、悪い気はしないよねと歯をむいて笑うバスチアンに
ニコラスもはにかみ、まんまるの目を潤ませる。
面白くないのはレナのほうで

(…それ、ニコラスがメインでアタシはついでって意味じゃないわよね、バスチアン…?)

悔しいが当たっていそうな考えにぐっさりプライドが傷ついた。が、バスチアンの巨体を軽々お姫様だっこで持ち上げたニコラスのインパクトに、そんな考えも早々にうち消えてしまった。

「さぁっ!バスチアン君っ、めおとのちぎりをっ!」

澄んだソプラノの声が、まるでこれからスポーツでもしようかという明るさで弾み
意気揚々と恋人をクッションの上に下ろす。
まったく、今日のバスチアンは本当にどうかしている。
こんなに無防備な姿を晒して、隙を突かれでもしたらどうするつもりなのだろう。
他所のアルゴルに対して…こんな…

「何だよニコラス。もう待ちきれないってか?え?」

「うふふ、たっくさんサービスするんで、可愛い姿をいっぱい見せてくださいね?」

ふと、レナの頭に嫌な予感が浮かぶ。
彼女はいつも、バスチアンにやられてばかりニコラスしか見たことが無かったが
さっきの怪力はどうだろう?
ニコラスが本気を出したとしたら、果たしてバスチアンは勝てるのだろうか?

彼女は薄い絹の服の下で、背中に隠した腕の鉤爪を、そっと構える。
名有りとはいえレベルの低いレナが、アルゴルのニコラスに敵うはずがない。
しかし、一撃でも与えられれば、バスチアンが形勢を立て直すくらいの間は作れるはずだ。

(いくらキミとはいえ、私たちの縄張りを荒させはしないわ…)

ニコラスはといえば、ベッドに仰向けにしたバスチアンの腹によじ登り
肩から首元までを愛おしげに指でなぞっていた。
顔をぐっと近づけ、甘い声でニコラスが囁く。

「バスチアン君、愛してます。」

段のついた顎にそっと手をかけ、上を向かせる。
ふたりはこれまで見たことのないくらいに真剣なまなざしで見つめあっていた。

「ニコラス」

「だから、僕にも…」


「…あ゙?」



響いたのは
キスのそれとは程遠い、ぐしゃっという音だった。





吹っ飛ばされたニコラスは余程油断していたのだろう。受身もとれず壁にぶつかりそのまま床にへたり込む。体重が軽いせいで、受けたダメージは甚大だ。
げほげほ噎せ返る咳のなかに、少しの血が混じって床に飛んでいる。

「で、何でお前がここに居るのかなぁ?」

ニコラスの腹に渾身の蹴りを入れた姿勢のまま、バスチアンが言う。
のっそりと上体を起こしては、相手の惨状を確認すると、ニタリと嗜虐的な笑みを浮かべた。

「バ…スチアン君っ!?」

「邪魔しないで欲しいねぇ?僕ちゃんがお前なんかタイプじゃねーの知ってんだろ。
つぅか、Dじゃないんだからさぁ、オスなんか相手する訳なくね?」

言葉というのが、鉤爪以上に武器になるのを久々にレナは見た気がする。
心にストレス値があるのなら、ニコラスの値は500%を優に超えていた。
刺し違えようとしていた気持ちもどこへやら
思わずレナまでが「大丈夫?」と心配してしまうくらい意気消沈していたニコラスであったが、それでも彼はベットの淵によじ登り、なんとか上目遣いに恋人を見上げる。

「…バススチア…く……
僕、僕、かならず君を、しあわせ、に…」

さっきまでの熱っぽい視線はどこへやら、バスチアンは極寒の無関心さで彼を見下している。そして

「何だよ、その目は。文句あるわけ?」

ニコラスの想いはその一言で一蹴されてしまった。






「愛って…お金じゃ買えないんですね…」

バレンタインデーの夜。
可愛らしいきのこ型のウッドハウスの島の前で
乙女座りで涙にくれるニコラスを見た者が居たとか、居なかったとか。












「ねぇ見てよレナ!これよこれ!」

「…近寄らないで貰える?副流煙ってお腹の子に悪いの。」

あの騒動から一カ月。
同じきのこのあの島のベッドで、Dとレナは情事のあとのけだるい時間を共有していた。
ニコラスを振る時に「Dじゃあるまいし」とバスチアンは言ったが、
本当にDは何故メスを相手に交尾をするのか。

そろそろ抱卵できたかと思い、確認のためにこの診療所にやってきたレナが馬鹿だった。
気付いた時にはいつものごとく、裸に剥かれて“お代”を頂かれている。
数時間前に「おめでたねェ」なんて自分で診断を下しておいて、
Dは気遣いもなしにスパスパ煙草を吸い続ける。
今度こそとレナが注意をしようとした矢先、のんきな女医はまたも被せて

「やっぱり配布までこぎつけたのねェン…
 治験の結果も問題なし!
流石の総合研究所も、成分の解析まではまだ行ってないようだけど。
ともかく、私の読みが当たってたみたいで、ホントに良かったわ!」

「…何がよ。」

むすっとして振り返るレナ。
Dは、診察室の机に腰掛けたまま、リヴリー総研からのチラシを「ホラ」と見せる。

「バレンタインデーの逆は、ホワイトデー。
 なでるの逆は、つつく。
 チョコガネムシの逆が、コレよぉン」

「…“マシュマロコガネ”?」

青く印字された文字を目を眇めてレナが読み取ると
Dはしてやったりとばかりに頷いた。

「バスチアンの異変の原因がチョコガネムシならば、
 必ずその反対効果を示すものが開発されると踏んでいたのォン
バレンタインの頃はまだ開発段階だったんだけど、
マーくんのツテがあって、ちょーっと失敬してきてもらったのよ
あの子ったら顔が広くて助かるわぁン!」

これで証明された。
バレンタインの朝 ニコラスは、いつも通りのプレゼントの中に
こっそりチョコガネムシを紛れ込ませたのだ。
受け取った者が渡した者にメロメロになるという稀有な効果を持った魔法は見事発動し、
本当なら、ニコラスはバスチアンとラブラブな一夜を過ごしたことだろう。
マシュマロコガネの持つ、反抗の魔法が打ち消したから
プラマイゼロで、バスチアンの感情は元の無関心に戻ったというわけだ。

説明が終わると、感心して聞いていたレナがぽつり。

「…それ、ニコラスくんには良い薬かもね。」

「バスチアンからのプレゼントだったら
あの子、まんまと食べちゃうかもしれないわねェン!」

Dは笑って、丸めたチラシをゴミ箱にぽいと放り投げた。